Memo

No.468
「Lain」というゲームのプレイ動画を見て思ったこと。
(プレミア付きすぎてるし実機もないので自分でプレイするのは無理。。)

とてもサクッと感想をまとめることなんてできないほどいろんな感情を揺さぶられた作品でしたが、私の場合はなんというか、「人の日記を覗き見る面白さ」みたいな部分にとりわけ魅力を感じました。

日記を読みたくなるかどうかって、まぁ文章が面白いとか興味深い内容を発信しているとかも一つなのかもしれないけど、一番根っこにあるのはその人の波長に共感(共振?)しているからなんだなと、わかってはいたけど改めてゲームという形で可視化されたような感じがしました。

私もゲームの前半は玲音に結構共感していました。
一度共感して日記を読み始めてしまうと、ゲーム後半でいろんなことが狂い始めても、もう目が離せなくなってしまうんですね。

こういう狂気の意味ではなく普通にポジティブな意味で、インターネット上に公開されている個人の日記なんかも、どこかのタイミングで共感して読み始めてしまうと、自分では興味がなかった話題やほんの一言だけの更新でも結構楽しく読んでしまうという性質があるところとかも、共通点があるように感じました。

そして、Lainがゲームとしては評価が真っ二つなのも頷けました。
ゲームというより、操作性の悪い電子日記でしたからね。サウンドノベルともちょっと違いますし。
どこかのタイミングで玲音に多少なりとも共感できなければ、ゲームとして”楽しい”要素はほぼないように見えました。
「鬱ゲー?余裕っしょ」みたいなホラーゲームやったるで的なノリで始めた人が全く肩透かしだったであろう様子も、容易に想像がつきました。
正直私も最終盤はもうついていけませんでしたし…。

#インターネット