Memo

No.454
学生(広義の意味で)になりました

今更大学や専門学校に入り直すとかいうわけではないですが。。
(単に私がそうできる資質や環境を持ち合わせていないというだけで、大人の学び直し入学には大賛成派ですよ!)

じゃあ何かって言うと、服飾の専門学校がやってる社会人向けの服作りの通信講座を始めることにしました。
1年(+α)かけて体系的に学ぶ結構本格的なものです。実物の添削もあります。(ソーイング・ビーみたい!!!!)

前から洋裁や服作りをちゃんとしたところで学びたいなぁとは思っていたのですが、先日自分の服を作ってみた体験が決定打になりました。

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一番の実用的な動機はやっぱりかねてから言ってるサイズ問題。
市販の型紙を自分ぴったりサイズに直すには専門知識が必要だなと思ったこと。

もう一つはやっぱり一応創作人なので、自分でデザインした服を作って着たいなぁという欲が出てきたことです。
そこまでいかなくても、好きなデザインの服を目コピして自分サイズで似たようなものを作れたらいいよなぁ…wとか。

最終的には仕事やキャリアに繋げられたら一番だけど、そこはあまりプレッシャーにしたくないのであくまでぼんやり願うくらいで。
自分の楽しみと知的好奇心のための方が大きいかな。(言い訳っぽいかなぁ;)

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それ以上に何よりも、服を作ってる時に「これ何時間でもやってられるわ」って思ったんですね。
編み物とかはもっと手軽にもかかわらず途中で飽きちゃうことが多いのに。(好きだけども。)

それに絵を描くのも子供の頃から今に至るまでずっと好きではあるけど、「何時間でもやってられる」って感覚になったことはほぼないので、これは結構決定的な違いかなぁと。

学習や課題制作の様子をサイトに載せようかは迷い中です。
あまり興味ない人が多いだろうけど、自分のサイトだし好きにやろうかな。
人に話す前提でいると知識が定着しやすいって言いますしね。

学習ログ的にnoteとかやってもいいかなぁと思ったけど、他の人の記事がレコメンドされる仕様が苦手なのでどうかなぁ。。
他のブログサービスやSNSよりは好きですけどね、note。
SEO強すぎて検索に引っかかりやすいのも、ひっそり派の私としてはデメリットなんですよね;

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あともう一つ、これは副産物的な動機だけど、洋裁・服飾をちゃんと学べば、ドール用の服もゼロから自由に作れるようになりますよね。

これも以前言ったように、作ったドール服をいずれ販売したいなと思ってるんですが、ちゃんと自分で起こしたクリーンな型紙(権利的な意味で)で作ったものを売りたいと思っているからです。

調べた限りだと、服のデザインには著作権がしっかりあるけど、型紙を流用することは法的には白寄りっぽいんですよね。(判例がない?)
よっぽど独創的で複雑なパターンならともかく、ワンピースの作り方〜とか、トートバッグの作り方〜とか、着物の作り方〜とか、そういう実用品として一般に定着しているアイテムについては、型紙を使用した作品を販売することに法的拘束力はほぼなさそうでした。

  • ・型紙そのものを丸コピーして”型紙として”販売→完全に❌。ただの海賊版
  • ・市販の型紙を参考にしてアレンジして制作した完成物(デザインには多少なりとも独自性を加える)を販売→法的には⭕️(モラル的には黒寄りグレーみたいな空気。でもフリマアプリなどでやってる人はたくさんいる)
  • ・型紙はオリジナルで起こしていても完成物のデザインが誰が見ても瓜二つ→❌っぽいけど曖昧(SHEINユニクロ問題とか)
  • ※ネットでさらっと調べただけだし解釈も結構分かれてたので鵜呑みにはしないでくださいね。


まぁなので、ソーイング本に載ってる型紙を”参考”にして多少アレンジして作った服を販売するというのは法的にはほぼ白だし、ハンドメイド界では普通に横行しているし、モラル的に黒と言ってもその辺の意識は時代が進むにつれてどんどんゆるく、というか良いものはみんなでシェアして使った方がいいという方向に舵を切っていくようになっているなと感じるので、「自分で型紙から作ったものを販売したい」というのは、私の拘りと、パターンを作った人の労力へのリスペクトの表明ということになりますね。

法的な拘束力はなくても、奥付に「この本の型紙を使って作ったものを販売しないでください」というお願いがあるなら、やはりそうして然るべきと思うので。
たとえ「ポイ捨て禁止」の貼り紙に法的拘束力がないからと言ってポイ捨てをしてもまぁ捕まらないでしょうが、基本的には素直に従いますよね。
(ただこれも、あまりにもベーシックなアイテムでそれを言われてしまうと、誰も作って販売できなくなってしまうのでは…?とも思ってしまうのですが)

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「自分がやられて嫌なことはしたくない」に尽きるのかな。
私は昔から創作にかかわらず真似されることが苦手なんですが、「真似するな!」という権利がないこともわかってはいるので、私なりの折り合いの付け方の着地点がそこなのかなと思ってます。

真似されるの苦手といいつつ、私だって普通にいろんな人の真似は当然してきてて、真似せずに学びなしということもわかっていて、そのへんの自己矛盾も抱えてますしね。
ちょっと話は逸れますが、特に自分に不利益がない場合でも真似されるのが苦手なのって、多分自他の境界線(バウンダリー)が弱いからなのかなって思ってます。

で、今はもう私的利用なら当然真似っこだろうがなんだろうが自由にしていい(されたくないと思うのもまた自由)と思うようになったのですが、「販売したい」と思う以上はその辺自分なりの哲学をしっかり持っておこうと思いこのような考えに至りました。

何よりも単純に、自分で作れるようになれることはより自由で自在になれるということなのかなと。
例えば海外が好きな人なら、自動翻訳がある時代になったからって、自分で外国語を学んで喋ることができたらより自由で自在になれますよね。

そういう自己満足のためでもあります。


#創作全般 #服作り #ソーイング・ビー #めんどい思考