Memo

No.196
インターネットネイティブだけどSNSネイティブじゃない世代は個人サイト作ろうよ【創作】

自分でなんでも自由にアウトプット&発表できる場(つまりこのサイト)を作ったのってよく考えるとなかなか凄いことな気がしてきました。

もし拠点となるサイトがなくすべてが外部サービス頼りなら、私のサイトを例にとると

ひとこと →Twitter
memo →Twitterかnote
長文 →noteかSEO対策を施したブログ
イラスト →pixivかTwitterかTumblr(ただしこれらのサービスは時系列順にすべて表示するので作品の出し分けみたいなことはできない)
手芸 →TwitterかInstagramか場合によってはYouTubeなど
投げ銭 →OFUSE、Fanboxなど
活動場所まとめ →POTOFU

このようなサービスを発信したい内容によって使い分けることになるだろうけども(しかも作品のジャンルや発言の性質によってアカウント分けとかも必要)、こんなのよっぽど器用じゃないといちいち使い分けできるわきゃないんだよなぁ。

結局、一番反応があるところに利用頻度が偏っていきそう。人は意志の力だけではドーパミンが出る刺激(ここではタイムレスに人からの反応が貰えること)に逆らえないから。
そしてそこで人権を失わないためにその場所で求められる型の作品や文章しか書けなくなっていくから、あっという間に窮屈になって、「私そもそも何がやりたかったんだっけ…?」ってなると思う。(というか実際にそうなった)

個人サイトなら純粋に今アウトプットしたいという内から湧き上がる衝動だけで取り掛かることができて、メモ(マイクロブログ)に書いてるうちに長文になってきたからブログにしようなど発表形態を変えることも柔軟にできる。

私のサイトの場合なら、作った作品について何か語りたければメモで語れるし、特になければ黙って一直線でギャラリーに放り込んでもいい。
ぜひ見てほしい絵はトップにドンと飾って、そうでもないやつはギャラリーにちまっと置いておくなんてことも簡単にできる。

これは発信側がやりやすいというだけでなく、同時に見る側のメリットにもなる。
作者の自信作だけサクサクと見たい人もいれば、作者のコメンタリーを見るのが好きな人、過去の発展途上な作品まで含めて全部見たいという人もいて、個人サイトならそのどれもを満足させる見せ方をすることができるから。

個人サイトならアカウントによって求められる人格を装って使い分ける必要もない。オタク垢では非モテ独身のフリしてハンドメイド垢ではキラキラママになって…とかそんなんできるかって。(これはたとえ話なので私の属性というわけではないですよ)

とにもかくにも「とりあえずサイトに向かう」だけで何かしらのアウトプットをする準備が整う。
仮にその時は何も発信しなくても、自分がこれまでに創ってきたものや創作意欲との意識を繋いでおけるというか。(これらは一回途切れるとモチベーション戻すのは本当に大変)

あぁ、個人サイトってなんてやりやすいんだ。
自分自身と向き合う創作活動との相性は本当に最高だと思う。

人が来る来ないとかは二の次なのです。私は今特に使いたいサービスがないのでサイト外での発信はやらないけど(Youtubeはちょっとやりたいかも)、それらをやるにしてもあくまでサイトのお裾分けみたいなきもちでやらないとあっという間に手段と目的が逆転してしまうと思うのです。

SNSだけで自分のペースを保てている人は本人の気質によるところも大きいですが、おそらく別のところにコアとなる創作活動の基盤を持ってると思うんですよ。
商業作家だったり、紙の本やグッズなどをイベントに出すような形で活動してたり、リアル世界で同好会的なものに所属していたり。

私にはそういった基盤がないので、個人サイトを運営することがその役割を担ってくれているのだと思っています。物心ついたときからインターネットお絵描きマンだったからね。


#モチベーション #創作全般 #自分語り