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【あみぐるみ】初音ミク フィットボクシングVer.

スポーツウェア風にアレンジされた衣装のミクちゃんが可愛かったので久々にあみぐるみを作りたくなり作ってみました!
全体的にはとても可愛くできて満足です!
あみぐるみを作り始めた当初から目指していた、「ぬいぐるみとドールの中間点」のようなバランスがやっと思い描いたように表現できたので、とても達成感があります。
特に、特徴的な髪飾りからツインテールが垂れる感じなど、イメージ通りにできました。


インカムもしっかり再現!
こういう無骨なアイテムが組み合わさると、一気にゆるカワな雰囲気が出ていいですね。
オリジナルのドールではインカムを付けた衣装なんてものはまず思いつかないので、二次創作ドールならではの楽しい部分です。
久々のあみぐるみ制作な上、作り始めから完成までの間に半年ほどブランクが空いて勘が鈍ってしまったせいもありますが、細部はまだまだクオリティアップの余地が残っているのでまた衣装違いのミクちゃんを作ってリベンジしたいです。
特に服のディテールは、この頭身だとなかなか落とし所が難しい部分ですね。
この頭身が気に入ってはいるのですがディテールを表現できるようにもう少し頭身を上げるか、はたまた細めの糸に変えて編み目の解像度を上げるか、あるいはデフォルメ上手になって引き算を洗練させていくか、もういっそ布服を着せてしまうか…、まだまだ検討&改良の余地がたくさんありそうです。
#あみぐるみ #ファンアート

『Fit Boxing feat. 初音ミク -ミクといっしょにエクササイズ』より
スポーツウェア風にアレンジされた衣装のミクちゃんが可愛かったので久々にあみぐるみを作りたくなり作ってみました!
全体的にはとても可愛くできて満足です!
あみぐるみを作り始めた当初から目指していた、「ぬいぐるみとドールの中間点」のようなバランスがやっと思い描いたように表現できたので、とても達成感があります。
特に、特徴的な髪飾りからツインテールが垂れる感じなど、イメージ通りにできました。

インカムもしっかり再現!
こういう無骨なアイテムが組み合わさると、一気にゆるカワな雰囲気が出ていいですね。
オリジナルのドールではインカムを付けた衣装なんてものはまず思いつかないので、二次創作ドールならではの楽しい部分です。
久々のあみぐるみ制作な上、作り始めから完成までの間に半年ほどブランクが空いて勘が鈍ってしまったせいもありますが、細部はまだまだクオリティアップの余地が残っているのでまた衣装違いのミクちゃんを作ってリベンジしたいです。
特に服のディテールは、この頭身だとなかなか落とし所が難しい部分ですね。
この頭身が気に入ってはいるのですがディテールを表現できるようにもう少し頭身を上げるか、はたまた細めの糸に変えて編み目の解像度を上げるか、あるいはデフォルメ上手になって引き算を洗練させていくか、もういっそ布服を着せてしまうか…、まだまだ検討&改良の余地がたくさんありそうです。
#あみぐるみ #ファンアート
【ドール服】森のキノコのモダン着物

深い青みのグリーンが基調のカジュアルなモダン着物。
ちょっとその辺まで、気楽なおでかけに着ていきたくなるようなイメージで作りました。
ゆるいタッチでデフォルメされたキノコとお花の柄の単衣に、バラの帯揚げ、お花のチャームの帯留でヨーロッパの森っぽい感じです。
半衿もチュールレースで現代風に。
こういうの、自分でも着てみたいなと思っちゃいます。
今回のこれはデザイン面もクオリティ面も、現状の自分が出せる力を出し切ることができてかなり納得のいく出来になりました。
過去作は、裾をミシンのまつり縫いで始末しようとしたり、パーツの取り付けなどは横着して接着剤を使っていましたが、今回はどちらも手縫いでまつりつけています。
これまで接着剤を使うことで時短しているつもりでしたが、ボンドを使うとはみ出したら汚くなるし、仕上がりは固くなるし、失敗したらやり直しがききません。乾き待ちの時間があるので実は大して時短にもならないという。
手縫いの方が仕上がりが柔らかく綺麗なのはもちろんのこと、手でまつった方がやりなおしもきくので時間や材料が無駄になりにくいという意味で、制作の効率も実はそこまで大きな差はありません。急がば回れ。
合わせにスナップボタンをつけたので着付けもピシッと決まっています。大満足!!

深い青みのグリーンが基調のカジュアルなモダン着物。
ちょっとその辺まで、気楽なおでかけに着ていきたくなるようなイメージで作りました。
ゆるいタッチでデフォルメされたキノコとお花の柄の単衣に、バラの帯揚げ、お花のチャームの帯留でヨーロッパの森っぽい感じです。
半衿もチュールレースで現代風に。
こういうの、自分でも着てみたいなと思っちゃいます。
今回のこれはデザイン面もクオリティ面も、現状の自分が出せる力を出し切ることができてかなり納得のいく出来になりました。
過去作は、裾をミシンのまつり縫いで始末しようとしたり、パーツの取り付けなどは横着して接着剤を使っていましたが、今回はどちらも手縫いでまつりつけています。
これまで接着剤を使うことで時短しているつもりでしたが、ボンドを使うとはみ出したら汚くなるし、仕上がりは固くなるし、失敗したらやり直しがききません。乾き待ちの時間があるので実は大して時短にもならないという。
手縫いの方が仕上がりが柔らかく綺麗なのはもちろんのこと、手でまつった方がやりなおしもきくので時間や材料が無駄になりにくいという意味で、制作の効率も実はそこまで大きな差はありません。急がば回れ。
合わせにスナップボタンをつけたので着付けもピシッと決まっています。大満足!!
大人の学びについて考える
Dressmakingの方には少し書いた話の発展。
好奇心旺盛、飽きっぽい、コスパ厨、対人苦手、あらかじめ決まった予定が入ることが苦痛、などなど色々揃っているため何かと独学派の私。
特に今はYoutubeに質の高い動画もたくさんあるので、自分の楽しみだけのためにやりたい・知りたいことをわざわざ人に習いに行くというのは相当なハードルになっています。
しかし、洋裁⦅主に人間服の補正とパターンメイキング⦆は早々に独学の限界を感じたので、いよいよ観念して洋裁学校(といっても通信ですけど)で習い始めてから感じたことの覚え書き。 〈関連記事:学生(広義の意味で)になりました〉

たとえ趣味程度の必要性で、独学でもできることであっても、学校やお教室など先生についてもらって学ぶメリットは
この辺かなと思いました、という内容になります。

①お尻に火がつく
まったり系のお教室の場合はわからないですが、生徒という立場で何かを学ぶときはたいていカリキュラムに沿ってやっていくことになるので、各課題や全体に期限が設定されることになると思います。
試験があるものだったらそれが期限になるのかな。あとは発表会とかがあるものならそういうイベント事とか。
私の場合は1年間(or2年間)の間に洋裁の基礎をカリキュラムに沿って体系的に学ぶという大締切があり、その中に各課題の小締切がある形ですね。
小締切の方は自分で設定しなければならないので、これは次の「スケジューリング」の項で話します。
昔読んだ何かの本の受け売りですが、人は締切がないと頑張れないそうです。
これは自分の実感とも合致します。私もギリギリにならないとやれないし、何かしらの外圧がないとやらないことが多いです。
やらずにすむことは極力やりたくない、たとえ自分の好きなことであっても。
書いてて悲しくなるけど事実そういう人間性です。省エネ体質なんでしょうか。
好きなことなら自然と頑張れるという人はその時点ですごいと思います。
せっかく何かに興味をもって学び始めても、独学だと締切設定をしない(orしようと思っても難しい、ペース配分に根拠がもてない)ので、少しモチベーションが下がったタイミングでフェードアウトしやすいです。
そしてまた何年後かに再び興味が湧いたりするので、遠回りになってしまいますね。
長い人生、それもまた一つ有りなのかなとも思えますけど。
持論ですが、締切をみずから設定できる人は『秀才』で、締切がなくても関心を維持したままおのずとやれることは『ライフワーク』(好むと好まざるとに関わらず)なんだと思います。
なので凡人がライフワークでないことを身につけたいなら人の助けを借りた方が手っ取り早いですねというのが一つ目のお話。
②スケジューリング
漠然と「洋裁できるようになりたいな」と思ってもどこから手をつけていいかわからないです。
語学でも楽器でも資格試験でも、なんでもそうだと思います。
「とりあえずやってみて覚える」「好きでやっているうちにできるようになる」それも全然いいと思います。
私もイラストはそうやって描いてきましたし。(でもやっぱり締め切りや外圧がないからモチベが落ちると描かなくなるので①の話につながります。)
カリキュラムがあると、どの順番でやるかは決まっていてそれに従えばいいだけなので、そこで躓かなくて済むのが良いと思いました。
本業以外の雑事はアウトソーシングしてしまおうみたいな感じですね。
この場合、本業は「学びたいこと」で、雑事は「学ぶ方法を考えること」です。
私のやっている洋裁学校の場合は各課題のペース配分だけは自分で考える必要がありました。
大締切の1年から逆算して適当に各課題の締切を割り振ってます。
後から修正することを大前提に、とにかく「いったん締切を設定する」というのが大事なんだと思います。
お金を払って生徒になれば、学び方は先生が考えてくれるので自分は実技に集中できますというのが二つ目のお話。
③間違ったまま進まずに済む
実技を伴うものは特にこれが大事かもと思いました。
間違ったまま変な癖がつく前に直してもらえます。
身体記憶で覚えるものは、間違った癖がつくと後から直すのは結構大変です。
間違い=個性になることもあるので、分野によっては必ずしもメリットではないのかもしれません。知らんけど。
まぁでも守破離という言葉もありますし、正解を知ってて損するということはないのではないでしょうか。
自分だけでやっていると、本当に正しいやり方なのか確証が持てないことがあったり、複数のやり方があるパターンにも遭遇したりしますが、先生がいるととりあえず先生のやり方に従うことで迷いをなくせます。迷う時間や脳のリソースももったいないです。
④フィードバック
ここまでいろいろ言いましたが、結局これです。8〜9割これ。
自分の頑張ったことに対して褒めてもらえたり、そこまでいかなくても「見ましたよ」というフィードバックがあるだけで一気にモチベーションスイッチが入ります。
人間はソーシャルアニマルですので、いくら自分で自分を認めようとか言っても、結局”人が認めてくれた”という劇薬には勝てません。
というか、それとこれとは別次元のことだと最近は思うようになりました。
自己受容感は自分のベースとして持っておくべき考え方であって、人から認められたいという感情を諦めるためのものではない気がします。
私のやっている通信講座は結構なアナログ式で、紙での手書きベースで講評が返ってくるので、なんかもうお手紙のやりとりをしてるみたいなあったかい気持ちになってしまいます。
スーパーの「お客様の声」に粘着投書するクレーマーの気持ちがちょっとわかった…。きっと寂しいんだろうなああいう人って…。
お金を払って生徒になれば、先生が外発的動機付けを与えてくれますというのが四つ目のお話。

いろいろ総合すると、通信教育というのは私にとって凄くちょうどいいですね。
人と関わらなくていいし、予定も拘束されないけど、人から教わるメリットの大部分はちゃんと享受できるので。
ありがたい時代ですほんと。
こういう独学にはないメリットの部分と、出費や時間的拘束や熱意・どれだけ急いでいるかとかを天秤にかけて、どういう学び方を選ぶのかが良いのかなと。
何でもかんでも興味のままに教わってたら破産しちゃうので。
#趣味 #ソーイング #モチベーション #めんどい思考 #服作り
Dressmakingの方には少し書いた話の発展。
好奇心旺盛、飽きっぽい、コスパ厨、対人苦手、あらかじめ決まった予定が入ることが苦痛、などなど色々揃っているため何かと独学派の私。
特に今はYoutubeに質の高い動画もたくさんあるので、自分の楽しみだけのためにやりたい・知りたいことをわざわざ人に習いに行くというのは相当なハードルになっています。
しかし、洋裁⦅主に人間服の補正とパターンメイキング⦆は早々に独学の限界を感じたので、いよいよ観念して洋裁学校(といっても通信ですけど)で習い始めてから感じたことの覚え書き。 〈関連記事:学生(広義の意味で)になりました〉
たとえ趣味程度の必要性で、独学でもできることであっても、学校やお教室など先生についてもらって学ぶメリットは
- ①お尻に火がつく
- ②スケジューリング
- ③間違ったまま進まずに済む
- ④フィードバック
この辺かなと思いました、という内容になります。
①お尻に火がつく
まったり系のお教室の場合はわからないですが、生徒という立場で何かを学ぶときはたいていカリキュラムに沿ってやっていくことになるので、各課題や全体に期限が設定されることになると思います。
試験があるものだったらそれが期限になるのかな。あとは発表会とかがあるものならそういうイベント事とか。
私の場合は1年間(or2年間)の間に洋裁の基礎をカリキュラムに沿って体系的に学ぶという大締切があり、その中に各課題の小締切がある形ですね。
小締切の方は自分で設定しなければならないので、これは次の「スケジューリング」の項で話します。
昔読んだ何かの本の受け売りですが、人は締切がないと頑張れないそうです。
これは自分の実感とも合致します。私もギリギリにならないとやれないし、何かしらの外圧がないとやらないことが多いです。
やらずにすむことは極力やりたくない、たとえ自分の好きなことであっても。
書いてて悲しくなるけど事実そういう人間性です。省エネ体質なんでしょうか。
好きなことなら自然と頑張れるという人はその時点ですごいと思います。
せっかく何かに興味をもって学び始めても、独学だと締切設定をしない(orしようと思っても難しい、ペース配分に根拠がもてない)ので、少しモチベーションが下がったタイミングでフェードアウトしやすいです。
そしてまた何年後かに再び興味が湧いたりするので、遠回りになってしまいますね。
長い人生、それもまた一つ有りなのかなとも思えますけど。
持論ですが、締切をみずから設定できる人は『秀才』で、締切がなくても関心を維持したままおのずとやれることは『ライフワーク』(好むと好まざるとに関わらず)なんだと思います。
なので凡人がライフワークでないことを身につけたいなら人の助けを借りた方が手っ取り早いですねというのが一つ目のお話。
②スケジューリング
漠然と「洋裁できるようになりたいな」と思ってもどこから手をつけていいかわからないです。
語学でも楽器でも資格試験でも、なんでもそうだと思います。
「とりあえずやってみて覚える」「好きでやっているうちにできるようになる」それも全然いいと思います。
私もイラストはそうやって描いてきましたし。(でもやっぱり締め切りや外圧がないからモチベが落ちると描かなくなるので①の話につながります。)
カリキュラムがあると、どの順番でやるかは決まっていてそれに従えばいいだけなので、そこで躓かなくて済むのが良いと思いました。
本業以外の雑事はアウトソーシングしてしまおうみたいな感じですね。
この場合、本業は「学びたいこと」で、雑事は「学ぶ方法を考えること」です。
私のやっている洋裁学校の場合は各課題のペース配分だけは自分で考える必要がありました。
大締切の1年から逆算して適当に各課題の締切を割り振ってます。
後から修正することを大前提に、とにかく「いったん締切を設定する」というのが大事なんだと思います。
お金を払って生徒になれば、学び方は先生が考えてくれるので自分は実技に集中できますというのが二つ目のお話。
③間違ったまま進まずに済む
実技を伴うものは特にこれが大事かもと思いました。
間違ったまま変な癖がつく前に直してもらえます。
身体記憶で覚えるものは、間違った癖がつくと後から直すのは結構大変です。
間違い=個性になることもあるので、分野によっては必ずしもメリットではないのかもしれません。知らんけど。
まぁでも守破離という言葉もありますし、正解を知ってて損するということはないのではないでしょうか。
自分だけでやっていると、本当に正しいやり方なのか確証が持てないことがあったり、複数のやり方があるパターンにも遭遇したりしますが、先生がいるととりあえず先生のやり方に従うことで迷いをなくせます。迷う時間や脳のリソースももったいないです。
④フィードバック
ここまでいろいろ言いましたが、結局これです。8〜9割これ。
自分の頑張ったことに対して褒めてもらえたり、そこまでいかなくても「見ましたよ」というフィードバックがあるだけで一気にモチベーションスイッチが入ります。
人間はソーシャルアニマルですので、いくら自分で自分を認めようとか言っても、結局”人が認めてくれた”という劇薬には勝てません。
というか、それとこれとは別次元のことだと最近は思うようになりました。
自己受容感は自分のベースとして持っておくべき考え方であって、人から認められたいという感情を諦めるためのものではない気がします。
私のやっている通信講座は結構なアナログ式で、紙での手書きベースで講評が返ってくるので、なんかもうお手紙のやりとりをしてるみたいなあったかい気持ちになってしまいます。
お金を払って生徒になれば、先生が外発的動機付けを与えてくれますというのが四つ目のお話。
いろいろ総合すると、通信教育というのは私にとって凄くちょうどいいですね。
人と関わらなくていいし、予定も拘束されないけど、人から教わるメリットの大部分はちゃんと享受できるので。
ありがたい時代ですほんと。
こういう独学にはないメリットの部分と、出費や時間的拘束や熱意・どれだけ急いでいるかとかを天秤にかけて、どういう学び方を選ぶのかが良いのかなと。
何でもかんでも興味のままに教わってたら破産しちゃうので。
#趣味 #ソーイング #モチベーション #めんどい思考 #服作り
ブライスの浴衣をジェニーに着せてみる

サイトで初お披露目のジェニーフレンドH6ちゃんです。
リカちゃんキャッスルの出張催事イベントで一目惚れしてお迎えしました。
セーラームーンみたいなので勝手にセラムちゃんと呼んでいます。
そして本題。
なんとブライス用に作ったお着物(浴衣)が、ジェニーでも一応着れることが判明。
おはしょりを作らない、対丈という着方のようです。
昔の小柄なサイズのアンティーク着物を現代の標準的な背丈の人が着る時や、背の高い人が既成の着物を着る時などは実際にこういう着方をすることもあるそうです。
いずれはジェニーにも専用のサイズで作ってあげたいけど、ブライスサイズで作った方が着回しがきくので着せ替えが捗るということがわかってしまいました。
ジェニーが着る場合は袖がかなり短いので、アームカバーとかお袖とめとかを作ってあげたいかも。
何よりも、ブライス&リカサイズなら50cmのカットクロスで作れるのがお手軽で良いんですよね。
ジェニーサイズだと5cmくらい足りないので、そのために生地の反をカット台まで持っていくのもね。。(人間サイズで買った時の余り布とかを活用すればいいんですが。)
写真があまりにも適当なのでいつか撮り直したいかも。
試しに着せたら案外いいじゃんってなった勢いで撮ったものなので、いろいろ雑です。。
ただの試作品だからフリクションの跡も残っちゃってるし。。

サイトで初お披露目のジェニーフレンドH6ちゃんです。
リカちゃんキャッスルの出張催事イベントで一目惚れしてお迎えしました。
セーラームーンみたいなので勝手にセラムちゃんと呼んでいます。
そして本題。
なんとブライス用に作ったお着物(浴衣)が、ジェニーでも一応着れることが判明。
おはしょりを作らない、対丈という着方のようです。
昔の小柄なサイズのアンティーク着物を現代の標準的な背丈の人が着る時や、背の高い人が既成の着物を着る時などは実際にこういう着方をすることもあるそうです。
いずれはジェニーにも専用のサイズで作ってあげたいけど、ブライスサイズで作った方が着回しがきくので着せ替えが捗るということがわかってしまいました。
ジェニーが着る場合は袖がかなり短いので、アームカバーとかお袖とめとかを作ってあげたいかも。
何よりも、ブライス&リカサイズなら50cmのカットクロスで作れるのがお手軽で良いんですよね。
ジェニーサイズだと5cmくらい足りないので、そのために生地の反をカット台まで持っていくのもね。。(人間サイズで買った時の余り布とかを活用すればいいんですが。)
写真があまりにも適当なのでいつか撮り直したいかも。
試しに着せたら案外いいじゃんってなった勢いで撮ったものなので、いろいろ雑です。。
ただの試作品だからフリクションの跡も残っちゃってるし。。
新たにDRESSMAKINGのページを作りました。
こちらで触れた服飾の勉強のモチベーションになればと思い、服作りを学んでいく様子を試験的に掲載してみることにしました。
サイト内の他のコンテンツとは少し毛色が違いますので、注意事項を読んだ上で興味のある方だけ閲覧していただけると幸いです。
#お知らせ
こちらで触れた服飾の勉強のモチベーションになればと思い、服作りを学んでいく様子を試験的に掲載してみることにしました。
サイト内の他のコンテンツとは少し毛色が違いますので、注意事項を読んだ上で興味のある方だけ閲覧していただけると幸いです。
#お知らせ
学生(広義の意味で)になりました
今更大学や専門学校に入り直すとかいうわけではないですが。。
(単に私がそうできる資質や環境を持ち合わせていないというだけで、大人の学び直し入学には大賛成派ですよ!)
じゃあ何かって言うと、服飾の専門学校がやってる社会人向けの服作りの通信講座を始めることにしました。
1年(+α)かけて体系的に学ぶ結構本格的なものです。実物の添削もあります。(ソーイング・ビーみたい!!!!)
前から洋裁や服作りをちゃんとしたところで学びたいなぁとは思っていたのですが、先日自分の服を作ってみた体験が決定打になりました。

一番の実用的な動機はやっぱりかねてから言ってるサイズ問題。
市販の型紙を自分ぴったりサイズに直すには専門知識が必要だなと思ったこと。
もう一つはやっぱり一応創作人なので、自分でデザインした服を作って着たいなぁという欲が出てきたことです。
そこまでいかなくても、好きなデザインの服を目コピして自分サイズで似たようなものを作れたらいいよなぁ…wとか。
最終的には仕事やキャリアに繋げられたら一番だけど、そこはあまりプレッシャーにしたくないのであくまでぼんやり願うくらいで。
自分の楽しみと知的好奇心のための方が大きいかな。(言い訳っぽいかなぁ;)

それ以上に何よりも、服を作ってる時に「これ何時間でもやってられるわ」って思ったんですね。
編み物とかはもっと手軽にもかかわらず途中で飽きちゃうことが多いのに。(好きだけども。)
それに絵を描くのも子供の頃から今に至るまでずっと好きではあるけど、「何時間でもやってられる」って感覚になったことはほぼないので、これは結構決定的な違いかなぁと。
学習や課題制作の様子をサイトに載せようかは迷い中です。
あまり興味ない人が多いだろうけど、自分のサイトだし好きにやろうかな。
人に話す前提でいると知識が定着しやすいって言いますしね。
学習ログ的にnoteとかやってもいいかなぁと思ったけど、他の人の記事がレコメンドされる仕様が苦手なのでどうかなぁ。。
他のブログサービスやSNSよりは好きですけどね、note。
SEO強すぎて検索に引っかかりやすいのも、ひっそり派の私としてはデメリットなんですよね;

あともう一つ、これは副産物的な動機だけど、洋裁・服飾をちゃんと学べば、ドール用の服もゼロから自由に作れるようになりますよね。
これも以前言ったように、作ったドール服をいずれ販売したいなと思ってるんですが、ちゃんと自分で起こしたクリーンな型紙(権利的な意味で)で作ったものを売りたいと思っているからです。
調べた限りだと、服のデザインには著作権がしっかりあるけど、型紙を流用することは法的には白寄りっぽいんですよね。(判例がない?)
よっぽど独創的で複雑なパターンならともかく、ワンピースの作り方〜とか、トートバッグの作り方〜とか、着物の作り方〜とか、そういう実用品として一般に定着しているアイテムについては、型紙を使用した作品を販売することに法的拘束力はほぼなさそうでした。
まぁなので、ソーイング本に載ってる型紙を”参考”にして多少アレンジして作った服を販売するというのは法的にはほぼ白だし、ハンドメイド界では普通に横行しているし、モラル的に黒と言ってもその辺の意識は時代が進むにつれてどんどんゆるく、というか良いものはみんなでシェアして使った方がいいという方向に舵を切っていくようになっているなと感じるので、「自分で型紙から作ったものを販売したい」というのは、私の拘りと、パターンを作った人の労力へのリスペクトの表明ということになりますね。
法的な拘束力はなくても、奥付に「この本の型紙を使って作ったものを販売しないでください」というお願いがあるなら、やはりそうして然るべきと思うので。
たとえ「ポイ捨て禁止」の貼り紙に法的拘束力がないからと言ってポイ捨てをしてもまぁ捕まらないでしょうが、基本的には素直に従いますよね。
(ただこれも、あまりにもベーシックなアイテムでそれを言われてしまうと、誰も作って販売できなくなってしまうのでは…?とも思ってしまうのですが)

「自分がやられて嫌なことはしたくない」に尽きるのかな。
私は昔から創作にかかわらず真似されることが苦手なんですが、「真似するな!」という権利がないこともわかってはいるので、私なりの折り合いの付け方の着地点がそこなのかなと思ってます。
真似されるの苦手といいつつ、私だって普通にいろんな人の真似は当然してきてて、真似せずに学びなしということもわかっていて、そのへんの自己矛盾も抱えてますしね。
ちょっと話は逸れますが、特に自分に不利益がない場合でも真似されるのが苦手なのって、多分自他の境界線(バウンダリー)が弱いからなのかなって思ってます。
で、今はもう私的利用なら当然真似っこだろうがなんだろうが自由にしていい(されたくないと思うのもまた自由)と思うようになったのですが、「販売したい」と思う以上はその辺自分なりの哲学をしっかり持っておこうと思いこのような考えに至りました。
何よりも単純に、自分で作れるようになれることはより自由で自在になれるということなのかなと。
例えば海外が好きな人なら、自動翻訳がある時代になったからって、自分で外国語を学んで喋ることができたらより自由で自在になれますよね。
そういう自己満足のためでもあります。
#創作全般 #服作り #ソーイング・ビー #めんどい思考
今更大学や専門学校に入り直すとかいうわけではないですが。。
(単に私がそうできる資質や環境を持ち合わせていないというだけで、大人の学び直し入学には大賛成派ですよ!)
じゃあ何かって言うと、服飾の専門学校がやってる社会人向けの服作りの通信講座を始めることにしました。
1年(+α)かけて体系的に学ぶ結構本格的なものです。実物の添削もあります。(ソーイング・ビーみたい!!!!)
前から洋裁や服作りをちゃんとしたところで学びたいなぁとは思っていたのですが、先日自分の服を作ってみた体験が決定打になりました。
一番の実用的な動機はやっぱりかねてから言ってるサイズ問題。
市販の型紙を自分ぴったりサイズに直すには専門知識が必要だなと思ったこと。
もう一つはやっぱり一応創作人なので、自分でデザインした服を作って着たいなぁという欲が出てきたことです。
そこまでいかなくても、好きなデザインの服を目コピして自分サイズで似たようなものを作れたらいいよなぁ…wとか。
最終的には仕事やキャリアに繋げられたら一番だけど、そこはあまりプレッシャーにしたくないのであくまでぼんやり願うくらいで。
自分の楽しみと知的好奇心のための方が大きいかな。(言い訳っぽいかなぁ;)
それ以上に何よりも、服を作ってる時に「これ何時間でもやってられるわ」って思ったんですね。
編み物とかはもっと手軽にもかかわらず途中で飽きちゃうことが多いのに。(好きだけども。)
それに絵を描くのも子供の頃から今に至るまでずっと好きではあるけど、「何時間でもやってられる」って感覚になったことはほぼないので、これは結構決定的な違いかなぁと。
学習や課題制作の様子をサイトに載せようかは迷い中です。
あまり興味ない人が多いだろうけど、自分のサイトだし好きにやろうかな。
人に話す前提でいると知識が定着しやすいって言いますしね。
学習ログ的にnoteとかやってもいいかなぁと思ったけど、他の人の記事がレコメンドされる仕様が苦手なのでどうかなぁ。。
他のブログサービスやSNSよりは好きですけどね、note。
SEO強すぎて検索に引っかかりやすいのも、ひっそり派の私としてはデメリットなんですよね;
あともう一つ、これは副産物的な動機だけど、洋裁・服飾をちゃんと学べば、ドール用の服もゼロから自由に作れるようになりますよね。
これも以前言ったように、作ったドール服をいずれ販売したいなと思ってるんですが、ちゃんと自分で起こしたクリーンな型紙(権利的な意味で)で作ったものを売りたいと思っているからです。
調べた限りだと、服のデザインには著作権がしっかりあるけど、型紙を流用することは法的には白寄りっぽいんですよね。(判例がない?)
よっぽど独創的で複雑なパターンならともかく、ワンピースの作り方〜とか、トートバッグの作り方〜とか、着物の作り方〜とか、そういう実用品として一般に定着しているアイテムについては、型紙を使用した作品を販売することに法的拘束力はほぼなさそうでした。
- ・型紙そのものを丸コピーして”型紙として”販売→完全に❌。ただの海賊版
- ・市販の型紙を参考にしてアレンジして制作した完成物(デザインには多少なりとも独自性を加える)を販売→法的には⭕️(モラル的には黒寄りグレーみたいな空気。でもフリマアプリなどでやってる人はたくさんいる)
- ・型紙はオリジナルで起こしていても完成物のデザインが誰が見ても瓜二つ→❌っぽいけど曖昧(SHEINユニクロ問題とか)
- ※ネットでさらっと調べただけだし解釈も結構分かれてたので鵜呑みにはしないでくださいね。
まぁなので、ソーイング本に載ってる型紙を”参考”にして多少アレンジして作った服を販売するというのは法的にはほぼ白だし、ハンドメイド界では普通に横行しているし、モラル的に黒と言ってもその辺の意識は時代が進むにつれてどんどんゆるく、というか良いものはみんなでシェアして使った方がいいという方向に舵を切っていくようになっているなと感じるので、「自分で型紙から作ったものを販売したい」というのは、私の拘りと、パターンを作った人の労力へのリスペクトの表明ということになりますね。
法的な拘束力はなくても、奥付に「この本の型紙を使って作ったものを販売しないでください」というお願いがあるなら、やはりそうして然るべきと思うので。
たとえ「ポイ捨て禁止」の貼り紙に法的拘束力がないからと言ってポイ捨てをしてもまぁ捕まらないでしょうが、基本的には素直に従いますよね。
(ただこれも、あまりにもベーシックなアイテムでそれを言われてしまうと、誰も作って販売できなくなってしまうのでは…?とも思ってしまうのですが)
「自分がやられて嫌なことはしたくない」に尽きるのかな。
私は昔から創作にかかわらず真似されることが苦手なんですが、「真似するな!」という権利がないこともわかってはいるので、私なりの折り合いの付け方の着地点がそこなのかなと思ってます。
真似されるの苦手といいつつ、私だって普通にいろんな人の真似は当然してきてて、真似せずに学びなしということもわかっていて、そのへんの自己矛盾も抱えてますしね。
ちょっと話は逸れますが、特に自分に不利益がない場合でも真似されるのが苦手なのって、多分自他の境界線(バウンダリー)が弱いからなのかなって思ってます。
で、今はもう私的利用なら当然真似っこだろうがなんだろうが自由にしていい(されたくないと思うのもまた自由)と思うようになったのですが、「販売したい」と思う以上はその辺自分なりの哲学をしっかり持っておこうと思いこのような考えに至りました。
何よりも単純に、自分で作れるようになれることはより自由で自在になれるということなのかなと。
例えば海外が好きな人なら、自動翻訳がある時代になったからって、自分で外国語を学んで喋ることができたらより自由で自在になれますよね。
そういう自己満足のためでもあります。
#創作全般 #服作り #ソーイング・ビー #めんどい思考
趣味の話。
今でこそお絵描き・手芸&洋裁大好きな私だけど、学生の時は美術も家庭科もダメでした。
美術は普通に「嫌い」でした。先生好みのものを描かなきゃいけないし、何か賞をもらったりして外的な形で認められたこともほぼないから。
でも自分で好き勝手に絵や漫画を描くのは当時から好きでしたが。
家庭科は好きでも嫌いでもなかったけど、「どちらかといえば苦手」でした。
というのも、若い頃は普通に結構不器用でした。だから綺麗に作れたことがなかった。
(ついでに理科工作とか技術の工作もほんとだめでした。三つ編みができなくて保育士の先生にブチギレられたこともあります。。)
あと多感な時期だったので、クラスメイト同士で採寸しあうというのが本当にダメでした。。あれ今でもあるのかな。自分で測れるだろ普通に。。
あとどちらにも共通しているのは、道具の準備片付けがめんどくさい。同じ理由で書道も嫌いでした。

逆に音楽は好きで、部活も吹奏楽やってたくらいだけど、音楽系の趣味は大人になるまで全然興味なくて、いざやってみても全く開花しなかった(ピアノもギターもDTMも即挫折)です。
何が言いたいかって言うと、あんまり若いうちに自分の可能性を決めつけすぎなくていいんだなって思ったって話。
同じことをやっても、技術の進歩だったり、やり方、環境、自分の人生経験値、時代の空気なんかが違えばまた別の体験になったりするので。
楽器はいつかまた挑戦したいなぁ。たぶんするだろうなぁ。
最初から「私にはこれ!!」って決まってるタイプの人すごく羨ましいし素敵ですけどね。
私はいろいろやってみたくて目移りしてしまうタイプです。
去年は「えーそんなん興味ない」って言ってたことに翌年には素知らぬ顔してハマってたりします。。
#めんどい思考 #趣味 #思い出 #自分語り
今でこそお絵描き・手芸&洋裁大好きな私だけど、学生の時は美術も家庭科もダメでした。
美術は普通に「嫌い」でした。先生好みのものを描かなきゃいけないし、何か賞をもらったりして外的な形で認められたこともほぼないから。
でも自分で好き勝手に絵や漫画を描くのは当時から好きでしたが。
家庭科は好きでも嫌いでもなかったけど、「どちらかといえば苦手」でした。
というのも、若い頃は普通に結構不器用でした。だから綺麗に作れたことがなかった。
(ついでに理科工作とか技術の工作もほんとだめでした。三つ編みができなくて保育士の先生にブチギレられたこともあります。。)
あと多感な時期だったので、クラスメイト同士で採寸しあうというのが本当にダメでした。。あれ今でもあるのかな。自分で測れるだろ普通に。。
あとどちらにも共通しているのは、道具の準備片付けがめんどくさい。同じ理由で書道も嫌いでした。
逆に音楽は好きで、部活も吹奏楽やってたくらいだけど、音楽系の趣味は大人になるまで全然興味なくて、いざやってみても全く開花しなかった(ピアノもギターもDTMも即挫折)です。
何が言いたいかって言うと、あんまり若いうちに自分の可能性を決めつけすぎなくていいんだなって思ったって話。
同じことをやっても、技術の進歩だったり、やり方、環境、自分の人生経験値、時代の空気なんかが違えばまた別の体験になったりするので。
楽器はいつかまた挑戦したいなぁ。たぶんするだろうなぁ。
最初から「私にはこれ!!」って決まってるタイプの人すごく羨ましいし素敵ですけどね。
私はいろいろやってみたくて目移りしてしまうタイプです。
去年は「えーそんなん興味ない」って言ってたことに翌年には素知らぬ顔してハマってたりします。。
#めんどい思考 #趣味 #思い出 #自分語り
自分の服を自分で作ったら自己肯定感が爆上がりした話
1ヶ月に1回は何かしらサイト更新したいと思ってますが、危うく途切れそうになってました。。あぶないあぶない。
日々ドール服を作ってるうちに、これが単純に大きくなるだけなんだし「もう人間用の服もいけるのでは?」と思うようになり、先日ついに自分用の服を作りました。

絵描くの久しぶりすぎて何のブラシ使ってたかとか吹っ飛んでしまった。。
青木美沙子さんのソーイング本から、パステルパープルの柄布でウエストゴムのティアードスカートを作りました。いきなりワンピースとかは大変そうだったので。
これ本来は子供服とか子供用の小物を作る布だと思うけどそんなの関係ねー。
子供っぽいものが好きなんです。今後はもう「年相応」とか禁句にします。
本当に好きなテイストのものを身につけたときの開放感は凄まじいものがあります。もっと早くこうすればよかった。

私は美沙子ちゃんファンなので、この本も最初は眺めるだけのつもりで買ったけど、見ているうちにやっぱり実際にロリータ着たい気持ちが日に日に膨れ上がりついに我慢できなくなりました。。
この本のロリータ服は、パニエふわふわの典型的ロリータ(怒られるの承知だけど誰にでもわかりやすく言うとメイド服的なシルエットのやつ。)じゃなくて、ピンクハウスっぽいすとんとしたロングスカートのものが多いから、ロリータ着慣れてない人でも挑戦しやすいし、やりすぎてない感じが凄く今の私の気分にフィットしているのです。
とりあえずまずは安い布で、いろんな理由(完成度や、恥ずかしさなど)で外に着ていけないものになっても家で着ればいいや、という気持ちで作ることにしました。
安い布なら「服作りワークショップ体験」料金とでも思えば失敗しても惜しくないし、それこそ解いてドール服や小物にでもすればいいので。

【圧倒的な布量に文字通り溺れそうになる】
ティアードスカートは構造的には単純で、型紙も不要だしひたすら直線縫いするだけなので簡単そうに思ったのですが、ロリータ服ともなると1周4メートル近いギャザー縫いをひたすら走らせたり、とにかくもう布布布!!!!って感じで、ドール服とは大変さのベクトルが全く違いました。
水通しやアイロン掛けも凄く大変で、「これからカーテンでも作るのかな?」というほどの重労働…。
ドール服より楽だった面もあります。布の裁断やぬいしろ取りが結構いい加減でも大丈夫なところです。
実際2センチくらい間違って裁断してしまいましたが完成度には影響しませんでした。ドール服で2センチ間違えたら一巻の終わりです。
使用しているミシンのスペックが多分低めなのと(2万くらいの電子ミシン)、私の経験不足からミシンに無理をさせるような縫い方をしてしまったのもあいまって、スカート1着つくるだけでミシン針が3本も逝ってしまいました。。
ドール服作りではミシン針交換するなんて結構なレアイベントなのに。。
しかも本来はローンという極薄の布で作るものを、スケアというローンよりは若干厚みのある布で作ったので、重量が凄まじく、「これ本当に人間が履く重さか…?私これ履くの?」という感じでかなり雲行きが怪しい。
しかしいざ出来上がってみると、めっちゃくちゃ可愛い!!!
型紙を使わない簡単な構造のものとはいえ、いきなり服として着用可能なものが出来上がるかは半信半疑だったのでめちゃくちゃ嬉しいです。
重さも履いてしまえば案外気になりませんでした。

【自分の体を肯定できる】
自分の服を自分で作ったという達成感は本当に凄まじいものがありました。
数年前に「ソーイング・ビー」という番組を見てから自分の服を作りたいと思い始めたのですが、その時はまだ「いつか」レベルのぼんやりした夢で、本当に作れる日が来るとはあまり現実的に考えられていませんでした。
加えて私はプラスサイズ系女子なので、自分の体にぴったりサイズの服を作ったことによる自己受容感はかつてないほどのもので、究極的な喜びの体験となりました。
(この本はLLサイズまで型紙が付いています。本当はもう1サイズ上が欲しいけど、布幅ギリギリのパーツも結構あったので、全サイズ一律に解説するホームソーイングの書籍としてはこれが限界だったんだろうなという作り手側の事情を感じました。)
プラスサイズや、標準から外れた体格の人は共感してくれると思いますが、自分の体型そのものが惨めなんじゃなくて、着たいと思った服のサイズが合わない(用意されていない)ということが、世間から存在を否定されたようで辛いのです。
治安のあまりよくないインターネッツでは体型の話題になると痩せろマンが湧く光景もよく見られますが、私の場合肩幅も大きいのでどんなに痩せてもMサイズ体型になる日は来ません。
そもそもすこぶる健康体だし、今の体にも気に入ってる部分もあるので、無理してまで体型を変えようという気があまりありません。
余談ですが、今は大きいサイズの地雷服・量産服とかあるのでとっても羨ましいです。私も今20歳とかだったら絶対あのテイスト好きで着てるだろうなぁ。
※何歳でも当然着ていいと思いますが、単に私が今の気分ではないというだけです。あの辺のカルチャーもよくわかってないですし。

【おしゃれで大きいサイズの服があんまり売ってないのはしょうがない面もある】
服を作る側になってみると作る側の事情もわかるようになりました。
もしも私が個人や小規模なアパレルを立ち上げて服を作って売りたいと思ったら、なるべく多く売って採算取るには多くの日本人女性の体型であるMサイズを作って売るのが商売として最も無難な選択だからです。
特に大きいサイズの場合は大きくなり方も多様(胸が大きい、お腹が大きい、お尻が大きい、背が高い、肩幅が大きいなど)ですので、体にぴったり美しくフィットするようなデザインの展開は難しく、量産したいという視点に立つ場合はある程度デザインが限られてしまうということがよくわかりました。
実際私も、大きいサイズのショップへ行っても、パンツやタイトスカートなんかは大きいサイズを選んでもヒップがパツパツor入らないのにウエストはガバガバなことが大半なので、ふんわりとしたスカートやワンピースを選ぶしかないことが多いです。
大きいサイズだと布の用尺もたくさん必要なので、コストもかかります。
今回作ったティアードスカートも、SサイズとLLサイズでは用尺が1M近くも違いました。
これらの理由から、規模の経済が働く大手のアパレルくらいしかプラスサイズの量産は難しいでしょうから、個性的なデザインや凝ったデザインのプラスサイズ服が(少なくとも実物を手に取って気軽に買えるような場所には)ほぼないという現実への納得感は持つことができました。
中国やインド並みに人口が多いとか、アメリカみたいに多様な民族の国家ならサイズ展開もできるでしょうが、日本の内需では現実問題難しいんだと思います。
その点、しまむらさんは4Lまでロリータ服展開してくれてるなんて本当に凄すぎます。マジで10年前なら「プラスサイズ」で「5000円程度」のロリータ服なんて天地がひっくり返ってもありえないものでした。
私はまだ買ったことはないですがとても気になってます。常時売っててほしいです。流行に関係なく常に一定の需要があるジャンルだと思うので。
#ソーイング #服作り #ロリータ #ソーイング・ビー #絵日記
1ヶ月に1回は何かしらサイト更新したいと思ってますが、危うく途切れそうになってました。。あぶないあぶない。
日々ドール服を作ってるうちに、これが単純に大きくなるだけなんだし「もう人間用の服もいけるのでは?」と思うようになり、先日ついに自分用の服を作りました。

絵描くの久しぶりすぎて何のブラシ使ってたかとか吹っ飛んでしまった。。
青木美沙子さんのソーイング本から、パステルパープルの柄布でウエストゴムのティアードスカートを作りました。いきなりワンピースとかは大変そうだったので。
これ本来は子供服とか子供用の小物を作る布だと思うけどそんなの関係ねー。
子供っぽいものが好きなんです。今後はもう「年相応」とか禁句にします。
本当に好きなテイストのものを身につけたときの開放感は凄まじいものがあります。もっと早くこうすればよかった。
私は美沙子ちゃんファンなので、この本も最初は眺めるだけのつもりで買ったけど、見ているうちにやっぱり実際にロリータ着たい気持ちが日に日に膨れ上がりついに我慢できなくなりました。。
この本のロリータ服は、パニエふわふわの典型的ロリータ(怒られるの承知だけど誰にでもわかりやすく言うとメイド服的なシルエットのやつ。)じゃなくて、ピンクハウスっぽいすとんとしたロングスカートのものが多いから、ロリータ着慣れてない人でも挑戦しやすいし、やりすぎてない感じが凄く今の私の気分にフィットしているのです。
とりあえずまずは安い布で、いろんな理由(完成度や、恥ずかしさなど)で外に着ていけないものになっても家で着ればいいや、という気持ちで作ることにしました。
安い布なら「服作りワークショップ体験」料金とでも思えば失敗しても惜しくないし、それこそ解いてドール服や小物にでもすればいいので。
【圧倒的な布量に文字通り溺れそうになる】
ティアードスカートは構造的には単純で、型紙も不要だしひたすら直線縫いするだけなので簡単そうに思ったのですが、ロリータ服ともなると1周4メートル近いギャザー縫いをひたすら走らせたり、とにかくもう布布布!!!!って感じで、ドール服とは大変さのベクトルが全く違いました。
水通しやアイロン掛けも凄く大変で、「これからカーテンでも作るのかな?」というほどの重労働…。
ドール服より楽だった面もあります。布の裁断やぬいしろ取りが結構いい加減でも大丈夫なところです。
実際2センチくらい間違って裁断してしまいましたが完成度には影響しませんでした。ドール服で2センチ間違えたら一巻の終わりです。
使用しているミシンのスペックが多分低めなのと(2万くらいの電子ミシン)、私の経験不足からミシンに無理をさせるような縫い方をしてしまったのもあいまって、スカート1着つくるだけでミシン針が3本も逝ってしまいました。。
ドール服作りではミシン針交換するなんて結構なレアイベントなのに。。
しかも本来はローンという極薄の布で作るものを、スケアというローンよりは若干厚みのある布で作ったので、重量が凄まじく、「これ本当に人間が履く重さか…?私これ履くの?」という感じでかなり雲行きが怪しい。
しかしいざ出来上がってみると、めっちゃくちゃ可愛い!!!
型紙を使わない簡単な構造のものとはいえ、いきなり服として着用可能なものが出来上がるかは半信半疑だったのでめちゃくちゃ嬉しいです。
重さも履いてしまえば案外気になりませんでした。
【自分の体を肯定できる】
自分の服を自分で作ったという達成感は本当に凄まじいものがありました。
数年前に「ソーイング・ビー」という番組を見てから自分の服を作りたいと思い始めたのですが、その時はまだ「いつか」レベルのぼんやりした夢で、本当に作れる日が来るとはあまり現実的に考えられていませんでした。
加えて私はプラスサイズ系女子なので、自分の体にぴったりサイズの服を作ったことによる自己受容感はかつてないほどのもので、究極的な喜びの体験となりました。
(この本はLLサイズまで型紙が付いています。本当はもう1サイズ上が欲しいけど、布幅ギリギリのパーツも結構あったので、全サイズ一律に解説するホームソーイングの書籍としてはこれが限界だったんだろうなという作り手側の事情を感じました。)
プラスサイズや、標準から外れた体格の人は共感してくれると思いますが、自分の体型そのものが惨めなんじゃなくて、着たいと思った服のサイズが合わない(用意されていない)ということが、世間から存在を否定されたようで辛いのです。
治安のあまりよくないインターネッツでは体型の話題になると痩せろマンが湧く光景もよく見られますが、私の場合肩幅も大きいのでどんなに痩せてもMサイズ体型になる日は来ません。
そもそもすこぶる健康体だし、今の体にも気に入ってる部分もあるので、無理してまで体型を変えようという気があまりありません。
余談ですが、今は大きいサイズの地雷服・量産服とかあるのでとっても羨ましいです。私も今20歳とかだったら絶対あのテイスト好きで着てるだろうなぁ。
※何歳でも当然着ていいと思いますが、単に私が今の気分ではないというだけです。あの辺のカルチャーもよくわかってないですし。
【おしゃれで大きいサイズの服があんまり売ってないのはしょうがない面もある】
服を作る側になってみると作る側の事情もわかるようになりました。
もしも私が個人や小規模なアパレルを立ち上げて服を作って売りたいと思ったら、なるべく多く売って採算取るには多くの日本人女性の体型であるMサイズを作って売るのが商売として最も無難な選択だからです。
特に大きいサイズの場合は大きくなり方も多様(胸が大きい、お腹が大きい、お尻が大きい、背が高い、肩幅が大きいなど)ですので、体にぴったり美しくフィットするようなデザインの展開は難しく、量産したいという視点に立つ場合はある程度デザインが限られてしまうということがよくわかりました。
実際私も、大きいサイズのショップへ行っても、パンツやタイトスカートなんかは大きいサイズを選んでもヒップがパツパツor入らないのにウエストはガバガバなことが大半なので、ふんわりとしたスカートやワンピースを選ぶしかないことが多いです。
大きいサイズだと布の用尺もたくさん必要なので、コストもかかります。
今回作ったティアードスカートも、SサイズとLLサイズでは用尺が1M近くも違いました。
これらの理由から、規模の経済が働く大手のアパレルくらいしかプラスサイズの量産は難しいでしょうから、個性的なデザインや凝ったデザインのプラスサイズ服が(少なくとも実物を手に取って気軽に買えるような場所には)ほぼないという現実への納得感は持つことができました。
中国やインド並みに人口が多いとか、アメリカみたいに多様な民族の国家ならサイズ展開もできるでしょうが、日本の内需では現実問題難しいんだと思います。
その点、しまむらさんは4Lまでロリータ服展開してくれてるなんて本当に凄すぎます。マジで10年前なら「プラスサイズ」で「5000円程度」のロリータ服なんて天地がひっくり返ってもありえないものでした。
私はまだ買ったことはないですがとても気になってます。常時売っててほしいです。流行に関係なく常に一定の需要があるジャンルだと思うので。
#ソーイング #服作り #ロリータ #ソーイング・ビー #絵日記
たぶん服よりもテディベアの方が時間かかってるかもしれないです。
あみぐるみはパーツの縫合があるので見た目以上に大変です。
このベアは5cmサイズでとても小さいので細かいところがヨレヨレですが、そこがかえってアンティークっぽくて可愛いような気もします。
スリッパは昔作ったやつを引っ張り出してきました。
このリカちゃんはヘアカットをしすぎて前髪が流れなくなってしまった子なのでどうしたものかと思っていましたが、ヘアピンを作って前髪を留めてあげたらとっても可愛くなりました。
私はこういう失敗のリカバリーから生まれる偶然の工夫みたいなものが上手くいった時がとても好きです。
【参考】「かぎ針で編む リカちゃんのカジュアルワードローブ」 -日本ヴォーグ社