「好き」と「良いな」を混同するから自分を見失うんだぞという話 「好き」と「良いな」は別物である。 最近読んだある本に書いてあった言葉です。 自己啓発本とかそういうものではないので、これ以上掘り下げるわけでもなく、本当にさらっと書いてあった一文でした。 それでもこの言葉、というか物の見方が私の中で妙に刺さってしまって、この2週間くらいこのことについてずっと意識してしまっていました。 続きを読む 🔽 それで、あくまで自分の場合ですけど、「好き」と「良いな」の違いについて少し整理してみました。 「好き」なものは… 心を直接握られるような感覚になる自分の中(心の宝部屋)への侵入を許す感じ好きであることをやめられない(一時的に離れてもまた戻ってくる)身体的な反応が出る(私の場合、ため息が出たり、困り顏になってしまうので自覚しやすい。特に可愛いものには「なんでこんなに可愛いの!」という怒りに近い感情も湧いたります。キュートアグレッション?) 「良いな」と思うものは… そのものが持っている(自分の好みではなくても)魅力的な部分を認める、リスペクトするそのものの(社会的な?)成功や人気を認める、リスペクトするそのものに掛けられた手間や努力などを(自分にとってはあまり有意義に見えなかったとしても)認める、リスペクトするただし心の宝部屋の中に入れるほどではない たぶん、これを読んで当たり前すぎて何言ってんだ…?って感覚になってる人もいると思います。 でもそういう人は恐らく他人との心の境界線(バウンダリー)とか、自我がしっかりしている人です。 私の悲劇は、この好きと良いなを混同するから起きることが多いのだと思いました。 私は物事にたいして批判的に見てしまう方で(争いが苦手なので表立って言わないですけど)、これには様々な要因があるとは思いますが、そのうちの一つは多分自分の中で「好き」と「良いな」の線引きが曖昧だったことに起因するのではないかと思いました。 つまり、「これを”良い”と認めてしまったら、自分の心の宝部屋(好きゾーン)に入れることになってしまう…!けしからん!防御(批判)しろ…!」という感じだったのかも。 この感覚は物に限らず、人に対しても発動します。ほんと、失礼な話ですが…。 流行りものをくだらないと思う心理とかもここですね。 あと、絶対に手に入らない(あるいはそう見えるもの)への嫉妬心なんかも、これに少し通じるのかもしれないです。 「(凄く好きで欲しいのに)心の宝部屋(好きゾーン)に入れられないの?じゃあ、もう知らん!」ってな感じでしょうか。 これは何らかの方法で一部でも自分の中に取り込めると結構解消します。 例えば、絵に描くとかね。 メンタルが弱ってる時なんかはこれが逆方向に作用にします。 どういうことかというと、心の宝部屋(好きゾーン)の関所が機能不全になって、(上でリストに挙げたような)「良い」感じの要素を持っているものを何でもかんでも「好き」なのではないかと錯覚してしまうようになります。 「流行っているから私も取り入れなきゃ…」、「今どき〇〇くらいしてないと…」。 口先が上手い人(一般的に魅力的=良いとされる要素ですよね)に丸め込まれたり、「好きなことをやろう!」と扇動されて大して好きでもないことをやっていこうとしたり、魅力的な人の影響を受けて所作を真似して自分らしさを見失ったり…。 昔、ロンドンハーツという非常に下世話な番組で(調べたら今でもやってるのね)、有吉さんがグラドルの手島優さんに、「お前は他人の良い所取りばっかりしようとしてるからダメなんだ」的なことを(うろ覚えですが)かなり厳しい口調で言っていて、その当時も凄くぶっ刺さってしまったんですが、ふとそれを思い出しました。 このへんの感覚、うまく言葉で説明できてなくてアレなんですが、とにかく自分の中ではずっと探していたピースの一つがはまった感覚なのです。 1割くらいは伝わって共感を呼べれば嬉しいのですが…。 まとめ。 【トゲトゲ期用】 人や物事の良い面を認めても、自分の世界観(心の宝部屋)は崩壊しないから大丈夫。もっと優しく生きよう。 【ヘロヘロ期用】 ちょっと良さそうに見えるくらいのものにいちいち惑わされるな。自分の積み重ねてきた歴史と身体反応を信じろ。 #めんどい思考 #自分語り #メンタル #創作全般 べらべら更新履歴【非表示】 2023/09/17
最近読んだある本に書いてあった言葉です。
自己啓発本とかそういうものではないので、これ以上掘り下げるわけでもなく、本当にさらっと書いてあった一文でした。
それでもこの言葉、というか物の見方が私の中で妙に刺さってしまって、この2週間くらいこのことについてずっと意識してしまっていました。
それで、あくまで自分の場合ですけど、「好き」と「良いな」の違いについて少し整理してみました。
「好き」なものは…
「良いな」と思うものは…
たぶん、これを読んで当たり前すぎて何言ってんだ…?って感覚になってる人もいると思います。
でもそういう人は恐らく他人との心の境界線(バウンダリー)とか、自我がしっかりしている人です。
私の悲劇は、この好きと良いなを混同するから起きることが多いのだと思いました。
私は物事にたいして批判的に見てしまう方で(争いが苦手なので表立って言わないですけど)、これには様々な要因があるとは思いますが、そのうちの一つは多分自分の中で「好き」と「良いな」の線引きが曖昧だったことに起因するのではないかと思いました。
つまり、「これを”良い”と認めてしまったら、自分の心の宝部屋(好きゾーン)に入れることになってしまう…!けしからん!防御(批判)しろ…!」という感じだったのかも。
この感覚は物に限らず、人に対しても発動します。ほんと、失礼な話ですが…。
流行りものをくだらないと思う心理とかもここですね。
あと、絶対に手に入らない(あるいはそう見えるもの)への嫉妬心なんかも、これに少し通じるのかもしれないです。
「(凄く好きで欲しいのに)心の宝部屋(好きゾーン)に入れられないの?じゃあ、もう知らん!」ってな感じでしょうか。
これは何らかの方法で一部でも自分の中に取り込めると結構解消します。
例えば、絵に描くとかね。
メンタルが弱ってる時なんかはこれが逆方向に作用にします。
どういうことかというと、心の宝部屋(好きゾーン)の関所が機能不全になって、(上でリストに挙げたような)「良い」感じの要素を持っているものを何でもかんでも「好き」なのではないかと錯覚してしまうようになります。
「流行っているから私も取り入れなきゃ…」、「今どき〇〇くらいしてないと…」。
口先が上手い人(一般的に魅力的=良いとされる要素ですよね)に丸め込まれたり、「好きなことをやろう!」と扇動されて大して好きでもないことをやっていこうとしたり、魅力的な人の影響を受けて所作を真似して自分らしさを見失ったり…。
昔、ロンドンハーツという非常に下世話な番組で(調べたら今でもやってるのね)、有吉さんがグラドルの手島優さんに、「お前は他人の良い所取りばっかりしようとしてるからダメなんだ」的なことを(うろ覚えですが)かなり厳しい口調で言っていて、その当時も凄くぶっ刺さってしまったんですが、ふとそれを思い出しました。
このへんの感覚、うまく言葉で説明できてなくてアレなんですが、とにかく自分の中ではずっと探していたピースの一つがはまった感覚なのです。
1割くらいは伝わって共感を呼べれば嬉しいのですが…。
まとめ。
【トゲトゲ期用】
人や物事の良い面を認めても、自分の世界観(心の宝部屋)は崩壊しないから大丈夫。もっと優しく生きよう。
【ヘロヘロ期用】
ちょっと良さそうに見えるくらいのものにいちいち惑わされるな。自分の積み重ねてきた歴史と身体反応を信じろ。
#めんどい思考 #自分語り #メンタル #創作全般