Memo

No.540
「可愛い」について

部屋の片付けをしててふと思ったこと。
私は昔から一貫して「可愛い」ものが好きで、特に近年引っ越して自分の部屋を1から作り直せるタイミングができてからは、いろいろな「可愛い」とされるものにアンテナを張って集めて身につけて、そして迷走してきた。

可愛いってとても定義が曖昧で、たとえば現代女児っぽいゆめかわキラキラ系とか、なつかしレトロ女児系とか、母性本能くすぐる系(動物や赤ちゃんモチーフなど)とか、お姫様みたいなフリフリ雑貨とか、ガチャガチャのミニチュアとか。
これらはたしかに可愛いものであるとは認識できるんだけど、私にとってそれは理性的な可愛いであることが多くて、部屋に置いたり身につけたり、自分の一部として取り入れてアイデンティティにしたいような「可愛い」ではない場合が多いことに気づいた。

私の好きな「可愛い」って言葉にするならたぶん”お姉さん感”なのかなと思った。
思春期に「これお姉さんっぽい!!」って憧れたものの延長に今もときめき続けているのかも。子供の時には幼児っぽいものにはあまりときめかなかったし。
りぼん派だったと言ったら同世代付近の人にはニュアンス伝わるかなぁ。今のりぼんは知らないんだけど。

それに例えばロリータ服だって、当時のお姉さんたちが着てて素敵だったから憧れた、そしてそのテイストがそのまま私の可愛いの感覚の一部でありつづけているのであって、少女趣味なファッションだから好きだというのは違うと言った方がしっくりくる。
ドールが好きなのも、母性本能で娘を着せ替えるみたいに可愛がってるんじゃなくて、私の中の女児心が”憧れのお姉さんのお人形”と認識してときめいているという感覚が近いように思う。

時が経って、当時好きだったものが今となっては懐かしレトロだとか少女趣味っぽいものだとかいう扱いを受けるものになっているのかもしれないけど、私は子供っぽいものが好きというよりも、多感な時期に大人っぽいと思ったものとその延長をそのまま好きでい続けているのかもしれないと気づいたら、少し迷路の出口に近づけた気がした。

#自分語り #創作全般