大人の学びについて考える Dressmakingの方には少し書いた話の発展。 好奇心旺盛、飽きっぽい、コスパ厨、対人苦手、あらかじめ決まった予定が入ることが苦痛、などなど色々揃っているため何かと独学派の私。 特に今はYoutubeに質の高い動画もたくさんあるので、自分の楽しみだけのためにやりたい・知りたいことをわざわざ人に習いに行くというのは相当なハードルになっています。 しかし、洋裁⦅主に人間服の補正とパターンメイキング⦆は早々に独学の限界を感じたので、いよいよ観念して洋裁学校(といっても通信ですけど)で習い始めてから感じたことの覚え書き。 〈関連記事:学生(広義の意味で)になりました〉 たとえ趣味程度の必要性で、独学でもできることであっても、学校やお教室など先生についてもらって学ぶメリットは ①お尻に火がつく②スケジューリング③間違ったまま進まずに済む④フィードバック この辺かなと思いました、という内容になります。 続きを読む 🔽 ①お尻に火がつく まったり系のお教室の場合はわからないですが、生徒という立場で何かを学ぶときはたいていカリキュラムに沿ってやっていくことになるので、各課題や全体に期限が設定されることになると思います。 試験があるものだったらそれが期限になるのかな。あとは発表会とかがあるものならそういうイベント事とか。 私の場合は1年間(or2年間)の間に洋裁の基礎をカリキュラムに沿って体系的に学ぶという大締切があり、その中に各課題の小締切がある形ですね。 小締切の方は自分で設定しなければならないので、これは次の「スケジューリング」の項で話します。 昔読んだ何かの本の受け売りですが、人は締切がないと頑張れないそうです。 これは自分の実感とも合致します。私もギリギリにならないとやれないし、何かしらの外圧がないとやらないことが多いです。 やらずにすむことは極力やりたくない、たとえ自分の好きなことであっても。 書いてて悲しくなるけど事実そういう人間性です。省エネ体質なんでしょうか。 好きなことなら自然と頑張れるという人はその時点ですごいと思います。 せっかく何かに興味をもって学び始めても、独学だと締切設定をしない(orしようと思っても難しい、ペース配分に根拠がもてない)ので、少しモチベーションが下がったタイミングでフェードアウトしやすいです。 そしてまた何年後かに再び興味が湧いたりするので、遠回りになってしまいますね。 長い人生、それもまた一つ有りなのかなとも思えますけど。 持論ですが、締切をみずから設定できる人は『秀才』で、締切がなくても関心を維持したままおのずとやれることは『ライフワーク』(好むと好まざるとに関わらず)なんだと思います。 なので凡人がライフワークでないことを身につけたいなら人の助けを借りた方が手っ取り早いですねというのが一つ目のお話。 ②スケジューリング 漠然と「洋裁できるようになりたいな」と思ってもどこから手をつけていいかわからないです。 語学でも楽器でも資格試験でも、なんでもそうだと思います。 「とりあえずやってみて覚える」「好きでやっているうちにできるようになる」それも全然いいと思います。 私もイラストはそうやって描いてきましたし。(でもやっぱり締め切りや外圧がないからモチベが落ちると描かなくなるので①の話につながります。) カリキュラムがあると、どの順番でやるかは決まっていてそれに従えばいいだけなので、そこで躓かなくて済むのが良いと思いました。 本業以外の雑事はアウトソーシングしてしまおうみたいな感じですね。 この場合、本業は「学びたいこと」で、雑事は「学ぶ方法を考えること」です。 私のやっている洋裁学校の場合は各課題のペース配分だけは自分で考える必要がありました。 大締切の1年から逆算して適当に各課題の締切を割り振ってます。 後から修正することを大前提に、とにかく「いったん締切を設定する」というのが大事なんだと思います。 お金を払って生徒になれば、学び方は先生が考えてくれるので自分は実技に集中できますというのが二つ目のお話。 ③間違ったまま進まずに済む 実技を伴うものは特にこれが大事かもと思いました。 間違ったまま変な癖がつく前に直してもらえます。 身体記憶で覚えるものは、間違った癖がつくと後から直すのは結構大変です。 間違い=個性になることもあるので、分野によっては必ずしもメリットではないのかもしれません。知らんけど。 まぁでも守破離という言葉もありますし、正解を知ってて損するということはないのではないでしょうか。 自分だけでやっていると、本当に正しいやり方なのか確証が持てないことがあったり、複数のやり方があるパターンにも遭遇したりしますが、先生がいるととりあえず先生のやり方に従うことで迷いをなくせます。迷う時間や脳のリソースももったいないです。 ④フィードバック ここまでいろいろ言いましたが、結局これです。8〜9割これ。 自分の頑張ったことに対して褒めてもらえたり、そこまでいかなくても「見ましたよ」というフィードバックがあるだけで一気にモチベーションスイッチが入ります。 人間はソーシャルアニマルですので、いくら自分で自分を認めようとか言っても、結局”人が認めてくれた”という劇薬には勝てません。 というか、それとこれとは別次元のことだと最近は思うようになりました。 自己受容感は自分のベースとして持っておくべき考え方であって、人から認められたいという感情を諦めるためのものではない気がします。 私のやっている通信講座は結構なアナログ式で、紙での手書きベースで講評が返ってくるので、なんかもうお手紙のやりとりをしてるみたいなあったかい気持ちになってしまいます。 スーパーの「お客様の声」に粘着投書するクレーマーの気持ちがちょっとわかった…。きっと寂しいんだろうなああいう人って…。 お金を払って生徒になれば、先生が外発的動機付けを与えてくれますというのが四つ目のお話。 いろいろ総合すると、通信教育というのは私にとって凄くちょうどいいですね。 人と関わらなくていいし、予定も拘束されないけど、人から教わるメリットの大部分はちゃんと享受できるので。 ありがたい時代ですほんと。 こういう独学にはないメリットの部分と、出費や時間的拘束や熱意・どれだけ急いでいるかとかを天秤にかけて、どういう学び方を選ぶのかが良いのかなと。 何でもかんでも興味のままに教わってたら破産しちゃうので。 #趣味 #ソーイング #モチベーション #めんどい思考 #服作り べらべら日記更新履歴【非表示】 2024/09/18
Dressmakingの方には少し書いた話の発展。
好奇心旺盛、飽きっぽい、コスパ厨、対人苦手、あらかじめ決まった予定が入ることが苦痛、などなど色々揃っているため何かと独学派の私。
特に今はYoutubeに質の高い動画もたくさんあるので、自分の楽しみだけのためにやりたい・知りたいことをわざわざ人に習いに行くというのは相当なハードルになっています。
しかし、洋裁⦅主に人間服の補正とパターンメイキング⦆は早々に独学の限界を感じたので、いよいよ観念して洋裁学校(といっても通信ですけど)で習い始めてから感じたことの覚え書き。 〈関連記事:学生(広義の意味で)になりました〉
たとえ趣味程度の必要性で、独学でもできることであっても、学校やお教室など先生についてもらって学ぶメリットは
この辺かなと思いました、という内容になります。
①お尻に火がつく
まったり系のお教室の場合はわからないですが、生徒という立場で何かを学ぶときはたいていカリキュラムに沿ってやっていくことになるので、各課題や全体に期限が設定されることになると思います。
試験があるものだったらそれが期限になるのかな。あとは発表会とかがあるものならそういうイベント事とか。
私の場合は1年間(or2年間)の間に洋裁の基礎をカリキュラムに沿って体系的に学ぶという大締切があり、その中に各課題の小締切がある形ですね。
小締切の方は自分で設定しなければならないので、これは次の「スケジューリング」の項で話します。
昔読んだ何かの本の受け売りですが、人は締切がないと頑張れないそうです。
これは自分の実感とも合致します。私もギリギリにならないとやれないし、何かしらの外圧がないとやらないことが多いです。
やらずにすむことは極力やりたくない、たとえ自分の好きなことであっても。
書いてて悲しくなるけど事実そういう人間性です。省エネ体質なんでしょうか。
好きなことなら自然と頑張れるという人はその時点ですごいと思います。
せっかく何かに興味をもって学び始めても、独学だと締切設定をしない(orしようと思っても難しい、ペース配分に根拠がもてない)ので、少しモチベーションが下がったタイミングでフェードアウトしやすいです。
そしてまた何年後かに再び興味が湧いたりするので、遠回りになってしまいますね。
長い人生、それもまた一つ有りなのかなとも思えますけど。
持論ですが、締切をみずから設定できる人は『秀才』で、締切がなくても関心を維持したままおのずとやれることは『ライフワーク』(好むと好まざるとに関わらず)なんだと思います。
なので凡人がライフワークでないことを身につけたいなら人の助けを借りた方が手っ取り早いですねというのが一つ目のお話。
②スケジューリング
漠然と「洋裁できるようになりたいな」と思ってもどこから手をつけていいかわからないです。
語学でも楽器でも資格試験でも、なんでもそうだと思います。
「とりあえずやってみて覚える」「好きでやっているうちにできるようになる」それも全然いいと思います。
私もイラストはそうやって描いてきましたし。(でもやっぱり締め切りや外圧がないからモチベが落ちると描かなくなるので①の話につながります。)
カリキュラムがあると、どの順番でやるかは決まっていてそれに従えばいいだけなので、そこで躓かなくて済むのが良いと思いました。
本業以外の雑事はアウトソーシングしてしまおうみたいな感じですね。
この場合、本業は「学びたいこと」で、雑事は「学ぶ方法を考えること」です。
私のやっている洋裁学校の場合は各課題のペース配分だけは自分で考える必要がありました。
大締切の1年から逆算して適当に各課題の締切を割り振ってます。
後から修正することを大前提に、とにかく「いったん締切を設定する」というのが大事なんだと思います。
お金を払って生徒になれば、学び方は先生が考えてくれるので自分は実技に集中できますというのが二つ目のお話。
③間違ったまま進まずに済む
実技を伴うものは特にこれが大事かもと思いました。
間違ったまま変な癖がつく前に直してもらえます。
身体記憶で覚えるものは、間違った癖がつくと後から直すのは結構大変です。
間違い=個性になることもあるので、分野によっては必ずしもメリットではないのかもしれません。知らんけど。
まぁでも守破離という言葉もありますし、正解を知ってて損するということはないのではないでしょうか。
自分だけでやっていると、本当に正しいやり方なのか確証が持てないことがあったり、複数のやり方があるパターンにも遭遇したりしますが、先生がいるととりあえず先生のやり方に従うことで迷いをなくせます。迷う時間や脳のリソースももったいないです。
④フィードバック
ここまでいろいろ言いましたが、結局これです。8〜9割これ。
自分の頑張ったことに対して褒めてもらえたり、そこまでいかなくても「見ましたよ」というフィードバックがあるだけで一気にモチベーションスイッチが入ります。
人間はソーシャルアニマルですので、いくら自分で自分を認めようとか言っても、結局”人が認めてくれた”という劇薬には勝てません。
というか、それとこれとは別次元のことだと最近は思うようになりました。
自己受容感は自分のベースとして持っておくべき考え方であって、人から認められたいという感情を諦めるためのものではない気がします。
私のやっている通信講座は結構なアナログ式で、紙での手書きベースで講評が返ってくるので、なんかもうお手紙のやりとりをしてるみたいなあったかい気持ちになってしまいます。
スーパーの「お客様の声」に粘着投書するクレーマーの気持ちがちょっとわかった…。きっと寂しいんだろうなああいう人って…。お金を払って生徒になれば、先生が外発的動機付けを与えてくれますというのが四つ目のお話。
いろいろ総合すると、通信教育というのは私にとって凄くちょうどいいですね。
人と関わらなくていいし、予定も拘束されないけど、人から教わるメリットの大部分はちゃんと享受できるので。
ありがたい時代ですほんと。
こういう独学にはないメリットの部分と、出費や時間的拘束や熱意・どれだけ急いでいるかとかを天秤にかけて、どういう学び方を選ぶのかが良いのかなと。
何でもかんでも興味のままに教わってたら破産しちゃうので。
#趣味 #ソーイング #モチベーション #めんどい思考 #服作り